-
公益財団法人どうぶつ基金
1988年の設立以来、「理不尽な殺処分」という現実と向き合い続けてきたどうぶつ基金。 「不幸な命を生まないこと」を理念に掲げ、全国の自治体やボランティア、動物病院と連携しながら、累計40万頭を超える猫たちの無料不妊手術を実施してきた。 なぜ「さくらねこ」は生まれたのか。 なぜ耳先カットが必要なのか。 そして、どうぶつ基金が目指す未来とは何なのか。 今回は、長年にわたり日本の動物福祉の最前線を歩み続けてきた、どうぶつ基金の活動についてお話を伺った。 ©️公益財団法人どうぶつ基金 1. 「不幸な命を生まない」ことが、殺処分ゼロへの唯一の道だった 1988年の設立当初から、どうぶつ基金は「理不尽な殺処分」という現実と向き合ってきた。 当時は「かわいそうだから保護する」という考え方が主流だったという。しかし、それだけでは根本的な解決にはならなかった。 「蛇口を閉めずに、溢れた水を汲み出しているようなものだった」...
-
日本野鳥の会
鳥を見る。いまでは「バードウォッチング」として親しまれているその行為も、かつては当たり前ではありませんでした。 鳥は、見るものではなく、捕まえるもの。飼うもの。時には、食べるもの。 そんな時代に、野外の鳥をそのまま見て楽しみ、守っていこうという考え方を広げてきたのが、日本野鳥の会です。 今回お話を伺った日本野鳥の会大阪支部は、1937(昭和12)年に設立された阪神支部を前身に持つ、90年近い歴史のある団体です。 大阪という都市の中で、鳥たちはどのように生きているのか。そして、鳥が来られる場所を未来に残すために、いま何が必要なのか。日本野鳥の会大阪支部の納家 仁(なや ひとし)さんにお話を伺いました。 1:鳥を「捕まえる」時代から、「見て楽しむ」時代へ ―日本野鳥の会大阪支部さんが設立された背景や、これまでの歩みについて教えてください。 納家さん:日本野鳥の会大阪支部は、来年で90年になります。 日本野鳥の会自体は1934(昭和9)年にできました。その後、1937(昭和12)年に阪神支部ができ、それが大阪支部の前身になります。 当時は、鳥を見て楽しむという文化がほとんどありませんでした。鳥は捕まえて食べたり、狩ったり、飼ったりする対象だったんです。 大阪も、昔は「飼い鳥」を楽しむ人が多く、メッカだったと言われています。そういう時代に、鳥を捕まえるのではなく、野外で見て楽しもうという考え方が広がっていきました。...
-
一般社団法人 猫と紡ぐ
一般社団法人 猫と紡ぐは、岡山を拠点に、保護猫のお世話や譲渡活動を行う団体です。 始まりは、家族で続けてきた保護活動でした。宮崎にいた頃は、多い時で90匹ほどの保護猫を抱え、餌代なども実費で支えていた時期があったといいます。 2024年には、一般社団法人として法人化。「かわいそうだから保護する」だけではなく、猫を取り巻く社会問題にも、責任を持った形で向き合うための一歩でした。 今回は、一般社団法人 猫と紡ぐの澤野さんに、団体名に込めた想い、家族で続けてきた活動、現在の譲渡活動、そしてEAGER BEAVERとのコラボレーションについて伺いました。 1. 愛おしいからこそ、責任がある ―「猫と紡ぐ」という名前には、どんな想いが込められているんですか? 澤野さん:「紡ぐ」という言葉には、1つ1つの出来事が人生を作っていくという意味があるそうです。 猫との生活は、すごく愛おしいものです。でも、その時間がずっと続くわけではありません。 愛おしいと感じるほど、いつか終わりが来ることへの不安もあります。だからこそ、猫たちが幸せな日々を送れるようにしたい。...
-
NPO法人ねこの古都なら
奈良という歴史ある街で、いま静かに広がっている取り組みがある。それは、猫を救うだけの活動ではない。 行き場を失った命を守ること。そして同時に、人の生きがいを生み出すこと。 保護猫活動に「シニア就労」を掛け合わせたこの取り組みは、単なる支援の枠を超え、地域そのものの在り方を変えようとしている。 “優しさ”を、仕組みに変える。その現場を追った。 1. 地元から始まった、「殺処分させない」という覚悟 活動の出発点は、奈良県大和高田市という地元への強い責任感だった。 「まずは地元から、確実に野良猫問題に向き合いたい」 その思いから、行政に持ち込まれる猫たち、特に赤ちゃん猫や子猫を保健所へ行かせないため、すべて引き上げる決意を固めたという。 殺処分を“減らす”のではない。“させない”。 この明確なスタンスが、活動の原点にある。 2....
-
NPO法人Wish Me Luck
「保護犬を迎えることは素晴らしい」 近年、メディアの影響もあり、そんなポジティブなイメージが世間に広がりつつあります。しかし、その背景にある「難しさ」や「現実」に、目を背けずに立ち向かっている場所があります。 愛媛県にある動物保護団体「Wish Me Luck(ウィッシュ・ミー・ラック)」ここでは、ただ犬を保護して譲渡するだけではありません。成犬や野犬出身の中型雑種に「トレーニング」を施すことで、二度と手放されないための譲渡を行い、さらには子どもたちへの「命の授業」にも力を入れています。 「かわいそう」という感情だけで犬を救うのではなく、犬の習性を理解し、犬を「犬らしく生かす」こと。代表の森田さんに、Wish Me Luckの原点と、保護活動へのリアルな向き合い方を聞きました。 1. 地元・愛媛から変える。殺処分ワーストの現状に挑む決意 ーまずは、Wish Me Luckを立ち上げた原点や経緯について教えてください。...
-
NPO法人 ことりのおうち
鳥や小動物の保護から、ふれあいインコカフェ、子ども食堂、シェアカフェまで。「ことりのおうち」の活動は、一見すると幅広く、それぞれ別の取り組みにも見える。けれど、その根底にあるのは一つ。命に線引きをしないこと。 ペットショップに並ばない鳥たちの存在を知ったことから始まった保護活動は、いまでは一般家庭からの引き取り、行政・警察と連携したレスキュー、さらには地域での子ども支援へと広がっている。 今回は、ことりのおうちの代表の髙見さんに、その活動の背景と現在地、そしてこれからについて話を聞いた。 1.見えなかった命に気づいたことが、すべての始まりだった ―まず、ことりのおうちとして、鳥や小動物の保護活動を始めるに至ったきっかけや背景を教えてください。 髙見さん:きっかけは、もともと自分たちが業者だったことです。インコカフェを運営し、生体販売も行う中で、問屋さんにいる傷ついている子や、障害がある子たちが、ペットショップには並ばない現状を知ったんです。 人間は動物に癒やしをもらっているけれど、その裏で陽の目を見ていない動物たちがいるんだなと知って、そこから保護活動が始まりました。 2. 見えなかった命に気づいたことが、すべての始まりだった ―現在、ことりのおうちではどのような活動を中心に行われていますか? 髙見さん:最近は、問屋さんからというより、一般家庭からの持ち込みが多いです。あとは、行政や警察と一緒に生活困窮者のところへ引き取りに行ったり、飼い主さんが孤独死して、動物だけが取り残されていたケースで、警察と一緒に対応したりしています。 持ち込まれる子たちが、全体の半分近くを占めていますね。―その中で、特に時間を要していることや、大変だと感じる部分はありますか?...
-
和種馬ホースランド
日本に昔からいる馬、「和種馬(わしゅば)」を知っていますか。かつて日本各地に存在していた在来馬は、いまでは8種類、総数も1000頭ほどまで減少し、絶滅の危機にあります。 そんな和種馬と共に生き、その魅力を伝え続けている場所があります。大阪にある「和種馬ホースランド」です。 和種馬に乗り、ウエスタン馬術を体験し、時には甲冑や和装で馬に乗る──。ここでは、馬と人との距離が驚くほど近い体験ができます。 なぜこの場所は生まれたのか。和種馬はどんな馬なのか。 創設者の横山さん、スタッフの稲葉さんに話を聞きました。 1. 和種馬を守りたい──施設創設の背景 ー施設の創設のきっかけや背景を教えてください。横山さん: 大きくは2つです。ひとつは、日本の在来馬(和種馬)が減っていて、そこを助けたいという気持ち。もうひとつは、私自身がヨーロッパでウエスタン馬術の「トレール」をやってきた経験です。トレールは足腰が丈夫な馬じゃないと難しい。日本の馬は体は小さいけど足腰が強い。そこを活かせば保護にもつながるのではないかと考えました。ー場所はどうして大阪に?横山さん: 便利だからです。やるなら大阪がいいなと。 ーヨーロッパではどんな馬を使うんですか?横山さん: クォーターホースです。世界的にもウエスタン馬術で最も多く使われている馬種です。 日本は競馬の引退馬(サラブレッド)を乗馬クラブが使うことが多いですが、サラブレッドは走るために調教されていて、足腰が強いタイプでもなく、気性面でも乗馬には向いていないんです。 ーここにいる馬たちは体格もしっかりしてますね。横山さん: しっかりしてます。 2....
-
Reef Knot
命は、ある日突然目の前に現れる。交通事故に遭った一匹の猫。あの夜の選択が、Reef Knotの始まりだった。 助けることはできる。けれど、また次の電話が鳴る。譲渡よりも多い保護依頼。頭数が増え続ける現場。 だから彼らは、保護と譲渡の先へ進んだ。「蛇口を閉める」ために、教育という選択をした。今回、Reef Knot代表・飛田さん、そしてスタッフの井渕さんに話を聞いた。これは、続けるための、選択の話だ 1. 「最後の日、何をする?」——活動の原点になった問いと、あの夜の猫 ―まず、Reef Knotを始めたきっかけを教えてください。 飛田さん:いくつかの出来事が重なったのがきっかけです。まず前職を辞めようか悩み始めたとき、スティーブ・ジョブズの「もし明日世界が終わるなら、最後までやりたい仕事をしなさい」みたいな言葉を思い出して。当時の仕事が本当に嫌いで、「最後の日までこれは無理や」って思ったんです。 そこで「最後の日、何するやろ」って考えたら、顔も洗えへんかもしれんけど、飼っている子の世話はするな、と。ご飯も大好物をあげる。そう考えたとき、動物に関わる仕事かもしれないと、初めて思いました。 あと昔、殺処分のテレビ番組が結構あって、「本当にそこまでしないといけないのか?」ってずっと引っかかっていました。さらに遡ると、小4の時に『ハチ公物語』を見て「動物ってすごい」って思ったのも大きいです。...
-
ほごっこCAFE
「保護=かわいそう」だけじゃない。ほごっこCAFEにいる犬や猫は、驚くほど自然体だ。助けるために通う場所ではなく、好きになった結果、迎えることがある場所。 ここには、涙を誘う演出も、声高な正義もない。あるのは、続けるために選び続けてきた現実的な答え。代表の坂さんの言葉から、犬・猫・人が無理をしない“幸せの形”を探る。 1. 自宅から始まった保護。「やりたかった」より「タイミングが来た」 ー ほごっこCAFEとして活動をスタートするに至ったきっかけや背景を教えてください。坂さんー ここ自宅なんですけど、息子が東京に出ていくタイミングと、前の仕事を辞めた時期が重なって。ここで一人暮らしになるから、ちょっと好きに使わせてもらおうと思って始めました。ー もともとカフェや保護活動をやりたい気持ちはあったんですか?坂さんー 保護活動はボランティアでやってました。あとは、たまたまタイミングが合った、って感じですね。 2. 人に慣れる場所としてのカフェ。 “自宅感”が生む、譲渡までの自然な距離 ー 今はどのような活動を中心にされていますか?坂さんー 保健所とか動物愛護センターから犬や猫を引き受けて、ここでお客さんと会ってもらって、縁があれば譲渡する、という流れです。ー...
-
CATS WELCARE
猫を救うために、できることは何か。── CATS WELCAREが続ける「保護」と「譲渡」、そして“つながり”の話 保護活動の現場には、野良猫の保護だけでなく、飼育放棄や多頭飼育崩壊など、さまざまな背景から行き場を失った猫たちがいます。CATS WELCAREは、猫を保護し、新しい家族へつなぐ活動を続けてきました。そしてもう一つ、この団体が大切にしているのが、「ねこのしあわせのために。ひとのしあわせのために。」という姿勢です。猫だけを見るのではなく、猫に関わる“人”も大切にしたい。その考えは、活動の随所に表れています。今回は、CATS WELCARE代表の川越さんに、理念の背景から現在の取り組みまでを聞きました。 1,「ねこのしあわせのために。ひとのしあわせのために。」に込めた理念 ―「ねこのしあわせのために。ひとのしあわせのために。」という言葉が印象的ですが、このスローガンに込められた思いを教えてください。 川越さんー保護活動なので、もちろん猫の幸せのためにやっています。ただ、保護活動をしている団体の中には、人に対して厳しくなりすぎてしまうところも少なくありません。でも、猫に関わる人たちって、それぞれ事情があって、それぞれの形で猫を愛しているんですよね。 私たちの価値観で「あの飼い方は良くない」「このやり方は間違っている」と決めつけることが、必ずしも正しいとは限らない。猫のことを思っている気持ちが同じなら、人に対しても優しくした方が、結果的にみんなが幸せになると思うんです。 猫に関わる人が幸せであれば、きっと猫も幸せになる。だから猫だけにフォーカスするのではなく、その周りにいる人たちの幸せも一緒に考えられる組織でありたい、という思いがあります。 2,TNR活動をきっかけに、CATS...
-
動物保護団体りぼん
殺処分は、遠い場所で起きている出来事ではありませんでした。行政に届けた一匹の犬をきっかけに、その現実を知りました。 「飼い主が見つからなければ、殺処分になります。」 そう告げられた瞬間、命の行き先が、あまりにも簡単に決められてしまう現実を突きつけられました。それが、動物保護活動の原点です。 1. 殺処分は、思っているよりも近くにあった 〜活動を始めたきっかけと背景〜 動物保護活動は、たった一匹の犬を行政に届けたことから始まりました。その犬だけでなく、他にもつながれている犬がいて、いずれも「殺処分になる」と聞いたといいます。 「こんなにも身近で、当たり前のように命が失われているんだ」 そう知ったとき、自分に何ができるのかを考えました。そして出した答えは、壮大な理想ではなく、目の前の一匹を助けること。殺処分になる前に、今、助けを求めている命を救おう。その決意が、動物の保護活動のはじまりです。 2. 行き場を失った命を、受け止める役割〜現在の活動内容〜 りぼんが現在行っているのは、保護された動物を引き取り、里親につなぐ活動です。引き取る理由はさまざまで、高齢の飼い主が入院・逝去したケース、妊娠や多頭飼育による飼育困難、同棲解消や離婚、ペット不可物件への引っ越しなどがあります。 どれも、特別な誰かの話ではありません。「飼えなくなった」という現実の中で、行き場を失った命を助けています。...
-
COKA Animal Rescue
人と動物の距離が、少しずつ遠ざかっているように感じる今だからこそ、「一頭ずつ」「一家庭ずつ」という向き合い方を大切にする保護活動があります。 アメリカでの経験を原点に、フォスター制度を軸とした保護活動を続ける COKA Animal Rescue。環境問題への疑問から始まり、動物福祉、そして人と動物がともに生きる社会へ——。 今回はCOKA Animal Rescueの代表池端さんに、活動を始めたきっかけから現在の取り組み、現場で感じてきた課題、そして人とのつながりについて、率直な言葉でお話を伺いました。 1,アメリカで知った保護犬と環境問題――活動の原点 ―活動を始めたきっかけや、背景について教えてください。 池端さんー私が保護犬という存在を知ったのは、当時アメリカに住んでいた時でした。もともと最初に関心を持ったのは環境問題で、当時はファッション業界にいたこともあり、プラスチックゴミや動物の毛皮といった問題に疑問を持つようになったのが始まりです。 大量に消費されて作られている一方で、それが大切に扱われている背景がほとんど見えない状況を目の当たりにして、「これって本当に正しいのかな」と思うようになりました。 そこから調べていく中で、動物が適切に扱われていない現実を多く知り、犬や猫といった身近な動物ですら大切にされていない現状があることを知りました。その流れの中で、アメリカで初めて保護犬を迎えることになったのが、大きなきっかけです。―その時に関わった保護団体というのは、どんなところでしたか?池端さんーニューヨークの団体で、フォスター制度を中心に活動している保護団体でした。ニューヨークは住環境の関係で、大型犬や多頭飼育が難しい家庭も多く、フォスターさんを募って保護活動を行っている団体だったんです。...
-
認定NPO法人日本レスキュー協会
命を探す鼻と、心を支えるまなざし——。ひとつの大震災から生まれた小さな決意は、いま「災害救助犬」「セラピードッグ」「動物福祉」という3つの柱となって、人と犬のいのちを支え続けています。 今回は、認定NPO法人 日本レスキュー協会の副理事長の松﨑さんに、活動の原点から、現場での学び、そして今回のアパレルコラボへの想いまでを伺いました。 1.活動の原点——阪神・淡路大震災が教えてくれた“必要性” ―日本レスキュー協会として、災害救助犬・セラピードッグの育成や動物福祉に取り組むようになった背景を教えてください。―松﨑さん:私たちの原点は、1995年の阪神・淡路大震災です。6434名もの命が失われたこの災害をきっかけに、日本レスキュー協会が誕生しました。 当時、海外からも応援にきてくれました。救助隊だけでなく災害救助犬も救助活動に駆けつけてくれました。日本ではまだ存在が十分に知られておらず、 検疫に時間がかかる 受け入れ窓口が不明確 連携体制が整っていない といった理由から、1分1秒を争う現場に入るまでに大きなタイムロスが生じていました。各国で訓練レベルも異なり、犬の能力を最大限に生かしきれなかった面もあります。 「日本に専門の災害救助犬団体があれば、約500名の命が救えた可能性がある」──そう指摘されたことが大きな転機になりました。災害大国である日本に災害救助犬を専門的に育成し、迅速に派遣できる組織が必要だ。その思いから、1995年9月1日(防災の日)に日本レスキュー協会が発足しました。 ―セラピードッグや動物福祉の取り組みはどのように始まったのですか?―松﨑さん:災害救助犬の活動を続ける中で、神戸の震災遺児が集まるイベントに参加した際、子どもたちが災害救助犬と触れ合った瞬間に表情が緩み、笑顔を見せてくれたことが大きなきっかけでした。保護者の方からも「最近、この子のこんな笑顔は見ていませんでした」と驚きの声が上がり、犬には“心を癒す力”があると強く感じました。...
-
Lus Branca
年齢詐称、血統書の虚偽、過酷な繁殖環境——。代表の焼田さんは、ペット業界の“一部に存在する命が適切に扱われていない現場”を知り、「誰かが救わなければ、この子たちは消えていくだけだ」と立ち上げたのがLus Brancaです。 看取りや重篤な子を中心に迎え入れ、土の上を歩き、太陽の光を浴び、空気を吸う。“生きる本来の姿”をもう一度取り戻すための居場所をつくっています。 1. 保護活動を始めたきっかけと背景 奈良県天理市出身の焼田さんは、幼いころから動物に囲まれた生活を送ってきた。道端で見かけた犬や猫を家に連れ帰り、家族として迎える──そんな日常が自然だったという。「将来は大好きな動物に囲まれて仕事がしたい」という夢を抱き、社会人になってからペットショップの仕事に就いた。 しかし、そこで目にしたのは、思い描いていた“動物と人の幸せな関係”とはかけ離れた現実だった。オークション会場では、年齢や血統を偽るなど、命が適切に扱われていない場面が多く見られた。「こんなことが平気で行われているのか」と衝撃を受け、同時に「何も知らなかった自分」にも悔しさを感じた。 その経験が転機となり、焼田さんは個人で保護活動を始める。「好き」や「かわいい」という気持ちだけでなく、命の重さを見つめ直しながらの第一歩だった。 2. 現在の活動の中心と理念 現在のLus Brancaは、看取りや重篤な子を優先的に引き受ける保護活動を行っている。多頭崩壊、繁殖引退、飼育放棄──様々な事情を抱えた動物たちが集まる中で、「ただ助ける」だけでなく、「人にも寄り添う」活動を大切にしている。 「動物だけが助かっても、根本的な解決にはならない」そう語る焼田さんは、命の問題を“人と社会の問題”として捉えている。保護とは、単に命を救う行為ではなく、再び人と動物が共に生きられる未来を築くための一歩だと考えている。 3. 忘れられない出来事と学び...
-
ONENESS
大阪市鶴見区にある「ONENESS CAFE & BAR」は、食事をしながら保護犬とふれあい、自然に手話にも触れられる特別な場所です。その背景には、オーナー・神谷さん自身の経験と、「人も動物も、障がいの有無も関係なく、ひとつにつながれる場所にしたい」という強い想いがあります。本記事では、その想いの原点から現在の活動、そして未来へのビジョンまで、10のテーマで紐解きます。 1.カフェを開業されたきっかけや背景 ――「Oneness」という名前に込められた想い 神谷さんは、保護犬シェルターで働く前、約5年間うつ病に苦しんでいました。そのつらい時期に支えになってくれたのが、担当していた保護犬たちだったといいます。犬たちの存在のおかげで、少しずつ自分を取り戻していきました。「今度は自分が犬たちに恩返しをしたい」その想いから、「人と保護犬が安心して出会える場所をつくろう」と決意します。 現実には、人の事情で行き場を失う犬や猫は今も多く存在します。しかし、その現状を知るきっかけはまだまだ少ないです。だからこそ、気軽に保護犬に触れられる「出会いの場」が必要だと感じています。 さらに、「耳が聞こえないから保護活動ができない」という声を受け、障がいの有無にかかわらず関われるきっかけをつくりたいという想いも、開業の大きな理由になりました。 店名の「Oneness」には、人と動物、そして障がいのある人もない人も、すべてがひとつにつながれる場所に、という願いが込められています。 2.現在の主な活動内容とカフェのスタイル ONENESS...
-
NPO法人フリースクールゆきレオ&保護猫施設ゆきレオ保育園
『たすけたい』気持ちから始まった小さな一歩は、やがて“居場所づくり”へ。保護猫と子どもたちが並んで過ごす日常を、寄付と仕組みで支え続ける——感情だけに頼らない、やさしくて現実的な動物保護。今回は、NPO法人フリースクールゆきレオ&保護猫施設ゆきレオ保育園の福本さんに、その活動の背景と信念を伺いました。 1.活動を始めた背景と想い ―活動を始めたきっかけや思いを教えてください。―福本さん:きっかけは娘の不登校です。学校でのトラブルから対人恐怖症になり、外に出ることが怖くなり、家で過ごす日が増えました。少しでも外に出て何かしてほしくて、ちょうどテレビで動物虐待のニュースを見たときに「家で猫の活動してみる?」と聞いたら、「してみたい」と答えました。そこから他の団体のお手伝いを始めました。 ―保護活動から始まったんですね。―福本さん:はい。最初は譲渡会のお手伝いから、徐々に預かりボランティア、外猫の捕獲、TNR、ミルクの子の世話など、できることを広げていきました。 ―ご自宅で活動されているのはなぜですか?―福本さん:「なんで家なん?」ってよく聞かれます(笑)。でも、譲渡費用を次の子に回す“循環”を作って継続できる活動にしたかったんです。活動を続けるうちに、不登校の子や発達障害・自閉症の子と猫の相性がすごくいいことに気づきました。私自身、動物の専門学校出身でアニマルセラピーにも関心があって。学校に行けない子どもと保護猫をつなぐことで、両方の課題を少しでも解決できたらと思いました。資金もない中ですぐ始めたかったので、店舗ではなく自宅を改装して活動を始めました。 ―当初は何匹くらいだったんですか?―福本さん:最初は12〜13匹くらいでした。今は31匹(取材時)。5月に6匹、続いて14匹捨てられてきて、15匹は譲渡が決まり、5匹が残っています。春にはまた子猫が入ってきて、合計30匹を超えました。 ―かなりの数ですね。―福本さん:うちは譲渡が進みやすい方だと思います。家族全員で朝から晩まで猫のことばかりやっていて、見学もいつでも受け入れられるので、スムーズに繋げられています。家だからこその強みですね。 2.現在取り組まれている活動内容 ―現在の活動内容を教えてください。―福本さん:子どもと保護猫が一緒に過ごせるフリースクールです。人と動物の共生を目指して活動しています。娘と始めてからこれまでに286匹を譲渡し、TNR(捕獲・不妊手術・元の場所へ戻す活動)も継続しています。 ―フリースクールではどんなことを?―福本さん:学校に行けなくなった子どもたちの「学校以外の居場所」として来てもらい、猫のお世話や捕獲、掃除などを一緒にしています。以前は動物病院の見学や職場体験もさせてもらいました。保護猫に関わることは、ほとんど何でもやっています。 3.保護猫との関わりを通じた子どもたちの変化 ―子どもたちにどんな変化がありましたか?―福本さん:娘は引きこもり気味でしたが、猫をきっかけに外へ出られるようになりました。知らない人の前では話せなくても、猫のことなら話せる。たとえば「この子ってどんな性格?」って聞かれたら、小さな声でも答えられるようになったんです。...
-
NPO法人 LOVE FIVE
動物保護と聞くと、多くの人が「感情に訴える活動」を思い浮かべるかもしれません。もちろんその気持ちはとても大事で必要なことではありますが、それだけでは実効性がある継続的な活動を行うことは難しいです。Love Fiveはそれに加えて、現場の課題に真正面から向き合い、感情からだけではなく「現実的な改善」を積み重ねてきました。 今回は、Love Five代表の吉井さんに、その活動の背景と信念を伺いました。 ■ 動物保護の世界に飛び込むきっかけ 吉井さんが動物保護活動を始めたのは2011年。きっかけは、当時の代表からのひと言でした。 「当時は“殺処分”や“ペット繁殖の現場”についてぼんやりとした知識しか持っていませんでした。でも、その当時年間20万頭以上の犬や猫が殺処分され、劣悪な環境で苦しむ現実を知った瞬間、『これは放っておけない』と強く思ったんです。」 それが、Love Fiveの原点です。 ...
-
ツシマヤマネコを守る会
絶滅の危機にあるツシマヤマネコ。その小さな命を守ろうと立ち上がったのが「ツシマヤマネコを守る会」です。「このままでは、ニホンカワウソと同じように姿を消してしまうかもしれない」──。そんな強い危機感から始まった活動は、最初はエサやりという小さな一歩でした。それが今では、土地を買い取り保護区をつくったり、ヤマネコが暮らしやすい環境を整えたりと、島の自然と人の営みをつなぐ大きな取り組みへと広がっています。「守るだけじゃなく、人と自然が共に生きていける未来をつくりたい」そんな想いを胸に、今日も活動を続ける会の皆さんに、これまでの歩みと忘れられない出来事、そしてこれから描く未来についてツシマヤマネコを守る会のねこりんさん、みっち〜さんにお話を伺いました。 1 活動を始めた背景ときっかけ 聞き手:まず、活動を始められた背景やきっかけを教えてください。 ねこりんさん:最初に会を立ち上げたのは、昨年亡くなった山村(やまむら)会長です。始めたきっかけはニホンカワウソが絶滅するということを聞いて、「ツシマヤマネコもこのままだと危ない」と。そこで当時の上県町の学校の先生や行政の方など、仲間15人ほどで会を作って保護活動を始めたと聞いています。 当時、ヤマネコは天然記念物に指定されてはいたものの、行政や環境省の積極的な保護体制が十分ではありませんでした。だから私たちは会を作って動き始めました。最初は本当に給餌、つまりエサやりからのスタートでした。 聞き手:団体としてだけでなく、皆さん個人の「出会い」も教えてください。 ねこりんさん:私はもともと猫が好きで。イリオモテヤマネコは知っていましたが、ツシマヤマネコは知らなかったんです。ある日、新聞で山村会長の記事を見て存在を知り、「まずは対馬に行ってみよう」と足を運んだのがきっかけです。 みっち〜さん:私は、ねこりんさんが運営していたウェブサイトで、ツシマヤマネコの写真を家族で見たのが始まりでした。「なんて可愛いんだ」と(笑)。ちょうど仕事でレクリエーション企画があり、100人ほどのお客さんを連れて行く先として私が「動物園に行きましょう!」と提案して実施したんです。そこで動物園の方から「ヤマネコのイベントがありますよ」と教えていただき、行ってみたら守る会の方に声をかけていただいて……気づけば毎年、動物園の企画をお手伝いするようになっていました(笑)。私にとっては、ねこりんさんがきっかけですね。 2 現在取り組まれている主な活動聞き手:現在、力を入れている活動は何ですか? ねこりんさん:保護区の整備と維持ですね。 対馬は民有地が多いので、土地を買い取ったり借りたりして保護区にし、環境を整えて「ヤマネコが来やすい・住みやすい」場所にする。そしてそれを維持する活動ですね。もう一つはソバを播くとネズミとかが来るので、それがヤマネコのエサになるということで、ソバ畑を作っていたりしているのが普段の活動ですね。なので環境整備に特に力を入れています。...
-
動物愛護市民団体 JCDL
人懐っこく寄ってくる子、警戒心で吠え続ける子、そして静かに目を伏せる子——京都府亀岡市にある保護団体「動物愛護市民団体JCDL」では、毎日そんな命と向き合う時間が流れています。今回は、スタッフの内田さんにお話を聞き、彼らの活動の裏側に迫りました。 1.始まりは「殺処分ゼロ」——雑種犬にも“ JCDL代表の門田さんは雑種犬への偏見をなくしたいという思いでこの活動を始めました。シャンプーして、しつければ雑種犬でも立派な家族になれる。——それを伝えたかった。小さなきっかけが、大きな命の流れを変える一歩になりました。 2.「1匹、また1匹——新しい家族のもとへ送り出す日々」——日々の活動は全方位的 活動内容は実に多岐にわたります。犬や猫の保護、譲渡会の開催、そして飼い主さんのサポートまで。日々のお世話だけでなく、急なレスキュー依頼にも対応しています。 特に注目すべきは「噛み癖のある子」の受け入れ。他団体では受け入れを断られてしまうような子たちも、JCDLでは「それでも助けたい」と正面から向き合っています。 そのため、問い合わせや引き取り依頼は全国から届き、団体としての活動範囲は、西は九州から東は関東まで広がります。スタッフ個人が遠方までレスキューに向かうこともあれば、保護依頼のために北海道や沖縄など、全国各地から飼い主さんが足を運ぶこともあるそうです。彼らが助けに行くのは、彼らが向き合うのは、“最後の居場所すらなかった子たち”——まさに、最後の砦とも言える存在です。 3.環境整備への本気度がすごい——“過ごしやすさ”にも徹底的にこだわる 夏場は屋外の子たちのために遮光ネットを貼り、工業用スポットクーラーを設置。室内では24時間エアコンを稼働するなど、限られたリソースの中で最大限の環境整備に取り組んでいます。さらに、トリマーが常駐し、爪切りやシャンプーなどプロの技術でケアを続けています。 「環境を整えることも愛護の一部なんです」と、スタッフの内田さんは誇りをもって話してくれました。 こうした取り組みも、支援してくださる方々のおかげで少しずつ実現できています。それでも、まだ理想には届きません。だからこそ、あなたの応援が、犬や猫たちの“もっと快適な毎日”につながるのです。 ...